数学の言葉で世界を見たら〜父から娘に贈る数学〜【おすすめ本】

数学の言葉で世界を見たら【おすすめ本】 おすすめの本

こんにちは!
【中学の数学からはじめる統計検定2級講座】を執筆している,とけたろうです!

今回紹介するのは,2015年に幻冬舎から出版され,世界的に著名な物理学者の大栗博司先生が書かれた一冊です。本書は,数学の散歩道を歩きながら,それぞれの分野の魅力を解説しつつ,数学を学ぶ意義についても考えさせてくれる名著です。この記事を読んで,本書に興味がわいたら,ぜひ手にとってみてください!

なお,大栗先生は,カリフォルニア工科大や東京大学Kavli IPMU等の多数の研究機関で現在も要職を務められており,研究者としてどのような道を歩んでこられたかについて興味を持たれた方は,2021年に出版された大栗先生の次の著作「探究する精神(幻冬舎)」を読んでみてください。

こちらの書籍では,基礎科学の社会における重要性なども語られています。随所に,物理学や数学にとどまらない幅広い分野にわたる大栗先生の深いご見識を感じられます。

本書を読むと何がわかるか

本書のサブタイトルは「父から娘に贈る数学」となっています。本書の出版当時,著者のご息女が高校へ進学するタイミングだったようで,その年代の人に数学という強力な武器を授けるという意図がサブタイトルから感じられます。もちろん,社会人の数学の学び直しとしても十分に役立ちます。

本書のタイトルが意味するところは,「はじめに」の中で次のように書かれています。

僕は数学の勉強は言葉を学ぶようなものだと思っている。数学とは,英語や日本語では表すことができないくらい正確に,物事を表現するために作られた言語だ。だから,数学がわかると,これまで言えなかったことが言える,これまで見えなかったことが見える,これまで考えたこともなかったことが考えられるようになる。

英語などの外国語を学ばなくても生きていくことが可能であるのと同じように,数学を学ばなくても生きていくことは可能です。しかし,外国語を学んで異文化と触れ合うことで世界が広がるのと同じように,数学という「言語」を人生に取り込むことでも世界は大きく広がり,人生は豊かになります。本書を読むと,世界を数学という「言語」で語るとどのように見え方が変わってくるのかがわかるはずです。

ここで,本書の魅力を私なりに表現しておくと次のようになります。

中学の数学だけを前提知識として,RSA暗号,不完全性定理,ガウス曲率,ガロア理論などの高度な話題に触れることができる

もちろん,本書は数学書ではないので,「厳格に定義して定理を証明する」ということはありません。あくまで,これから数学を本格的に勉強しようという人にとって,その先にどんな世界が待っているのかを示してくれるような本です。高度な話題でも予備知識が最小限で済むように工夫されていますが,本書で展開されているすべての論理をしっかりと追っていくのは簡単ではないので,1〜2か月くらいの時間をかけてじっくり読んでみてください。また,著者が自身のウェブサイトで本書に収め切れなかった内容を「補遺」として公開してくださっているので,こちらまで含めて理解できるとかなりの数学力がつくはずです。

以下のセクションでは,第1話〜第9話で扱われているトピックの一部を取り上げて,内容を紹介していきます。第1話〜第9話はおおむね独立した内容になっているので,興味のある話題から読んでいくことが可能です。

第1話 不確実な情報から判断する

第1話のテーマは確率と条件付き確率です。ここは統計検定2級とも関わりがあるので,少し力を入れて書いてみます。

まずは確率の話からはじめましょう。「2つのことが独立に起きる確率は,おのおのの確率の積である」ということを基礎として,次のような興味深い話題が展開されます。

ほぼ確実に勝てるギャンブルとほぼ確実に負けるギャンブル

本書では,50円を持ってカジノに行き,ルーレットを回して勝てば1円をもらい,負ければ1円を失うというゲームで,所持金がもとの倍の100円になるか,底をついて0円になるまで続けることを考えます。1回のゲームで勝つ確率がちょうど2分の1ならば,もちろん100円になる確率も0円になる確率も2分の1です。しかし,ほんの少しだけ確率を操作して,1回のゲームで勝つ確率が0.47になると,100円になる確率は0.0025,0円になる確率は0.9975となり,ほぼ確実に負けてしまうのです。言い換えると,次のようになります。

ほんの少しでも有利なときに,十分にお金を持って始めれば,ほとんど確実に勝てる

本書と補遺では,このことを数式を使って解説してくれています。

カジノの胴元の立場ならば,客が気づかないくらいほんの少し胴元に有利に1回のゲームで勝つ確率を設定すればゲームの回数が増えるほど儲かるということになりますね。

同様のことは,人生にもあてはまります。人生は小さな選択の繰り返しです。1回1回の選択で,成功につながる確率が0.5を超えるようにしていけば,長い間にはとんでもない差がついているということを示唆してくれてもいるわけです。

2つ目のテーマは条件付き確率です。1990年台に米国で話題になったO.J.シンプソン裁判をみなさんは知っているでしょうか。この裁判では,妻を殺害した容疑が夫にかけられ,検察側は夫が長年にわたって妻に暴力を振るってきた証拠を提出します。これに対し,夫側の弁護団の1人である教授は「妻を虐待していた夫の中で妻を殺してしまうのは2500人に1人しかいない(から,家庭内暴力は殺害の証拠にはならない)」と反論するのです。筆者は,この教授の主張を詭弁と評した上で,次のように書いています。

これをきっぱりと論破できるのが,数学の言葉なんだ。(中略)確率を使えば疑いの程度を数字として表すことができるので,合理的な疑いが残っているのかどうかの判断材料になる。それが数学の役割だ。

数学を使うことで,主観的な心証ではなく,数字に基づいて判断ができるのです。

では,このケースで条件付き確率の言葉を使うと,どんなことがわかるのでしょうか。本書によると,米国では既婚女性のうち,夫以外に殺されるのは20000人に1人だそうです。一方で,家庭内暴力を受けているならば,夫に殺される確率は2500分の1に跳ね上がります。

次に,条件付き確率で表してみましょう。統計検定2級講座第2回の記事でも書いたように,条件付き確率は,確率を求めるときの分母をしぼるところがポイントです。今の場合,妻が殺されているという条件のもとで,犯人が夫か,それ以外かを考えています。

上の式では,犯人が夫である確率をP(A),家庭内暴力があって妻が殺害される確率をP(E)としています。また,上の式の左辺は,家庭内暴力があって妻が殺害されたときに,犯人が夫である条件付き確率を表しており,右辺の分母の第1項と分子は,家庭内暴力を受けていた妻が殺害されて犯人が夫である確率,右辺の分母の第2項は,家庭内暴力を受けていた妻が殺害されて犯人が夫以外である確率を表しています。上の式に,すでに紹介した20000分の1,2500分の1という米国のデータを代入すると,次のようになります。

つまり,この議論によって,O.J.シンプソンが妻を殺した確率はおよそ90%ということになり,弁護団の主張を退けることができるのです。では,「この裁判の実際の行方はどうなったのか」という点も含め,本書でご確認ください。

第2話 基本原理に立ち戻ってみる

第2話は,世界的に著名な実業家イーロン・マスクによる次の言葉を引用するところからはじまります。

僕らは人生のほとんどを,類推や他人のまねをするだけで過ごしているんです。だけど,新しい地平を切り開いたり,本当の意味でのイノベーションを起こそうとするときには,基本原理からのアプローチが必要になります。

そう,まさに数学という営みは基本原理に立ち戻ることをしっかり積み上げることで成り立っています。だから,数学をするのは骨が折れます。でも,その地道な作業を通してしか到達できない「新しい地平」があるのです。

第2話では,「0とは何か」「負の数とは何か」を数の演算規則という基本原理を通して確認していきます。その中で,「中学数学の最大の謎のひとつ」である次の事実についても説明されています。

(ー1)×(ー1)はなぜ1になるのか

そして,人類史上に残る偉人たちが切り開いてきた「新しい地平」のひとつとして,カール・フリードリッヒ・ガウスが「定規とコンパスで作図できる図形」とは何なのかを明らかにしたことが紹介されています。ガウスは,この幾何学的な問題を,辺の比が「加減乗除と平方根をとることの有限回の組み合わせ」で表現できることであるという代数的な問題に言い換えたのです。作図の本質をえぐりだすことで,古代ギリシア以来,数学者を悩ませた難問が次々に解決される糸口となりました。これこそが数学の力というわけです。

著者は,数学を学ぶ人への次のようなエールで第2話を締めくくっています。

数千年にわたる数学者の努力の跡をたどることは,人類の知の素晴らしさに触れるまたとない機会なので,大切にしてほしいと思う。

第3話 大きな数だって怖くない

第3話のテーマは指数・対数です。指数や対数は大きな数や小さな数を扱いやすくする技術です。

冒頭では,大雑把に「どれくらいの桁数なのか」を見積もるフェルミ推定の例が示されています。例えば,著者は指数の計算を駆使して次のような問いに答えを出していきます。

ここ半世紀の大気中の二酸化炭素濃度の増加は人類の活動によるものか

こんな捉えどころのないように見える問いに対しても,著者はカロリーメイトの成分表をもとにしたフェルミ推定で答えを出してしまいます。ハワイ島での半世紀近くにわたる観測の結果と著者のフェルミ推定の結果を照らし合わせると,「大気中の二酸化炭素濃度の増加はほぼ人類の活動の結果だと言える」とのことです。

また,指数と対数を駆使すると,次のような問いにも答えを出すことができます。

預金金利が0.025%(2014年当時の大手銀行の定期預金金利)のとき,預けたお金が2倍になるまでに何年かかるか

この答えを,著者はおよそ2800年と導き出していますが,その計算にはεが十分に小さいときに成り立つ次の近似式を使っています。

上の式の左辺が対数であり,スコットランドのジョン・ネイピアが発案しました。対数は大きな数の計算に適していて,天文学の計算を簡単にしたことから,「天文学者の寿命を2倍にした」とまで言われているようです。そのネイピアの名前を冠したネイピア数も紹介されています。

そして,最後はケプラーの法則です。惑星の運動を記述するケプラーの法則は3つの法則から成り立ちますが,第3法則を見つけるまでには,第2法則を見つけてから約10年の歳月を要しました。その第3法則とは次のようなものです。

惑星の公転周期の2乗は,惑星の軌道の長半径の3乗に比例する

この2つの変量の関係は,直線的ではないため発見に時間がかかったのです。ケプラーはあるとき「対数をとればいい」ということに気づきます。惑星の軌道半径の対数を横軸,公転周期の対数を縦軸にとった座標平面上に太陽系の惑星を点で表したところ,見事に一直線上に点が並んだことで,第3法則が見出されたのです。対数が科学の発展を大きく促進したのですね。

第4話 素数はふしぎ

第4話のテーマは素数であり,私も大好きな分野です。整数論は,紀元前から現代にいたるまで数学者(だけでなく一般の数学愛好家も)を魅了し続けてきた歴史の長い分野ですが,今なお,たくさんの未解決問題があり,近年でも大きな進展が見られます。

本書でも,エラトステネスのふるいや素数が無限に存在することの証明などの紀元前から知られている話題にはじまり,第2話でも登場したガウスによる素数定理などが紹介されています。素数定理とは,n以下の素数の個数がおよそ次の式で表されるというもので,素数の分布について述べたものです。

第4話の後半は,現代におけるコンピューターと素数の関わりについてです。インターネット取引では,通信の安全のために素数が利用されていますが,その素数は300桁ほどの大きな数になります。10300くらいの整数が1つあったとして,それが素数であるかを単純に調べるには,10150以下のすべての整数でもとの整数が割り切れるかどうかを調べなくてはなりません。しかし,この計算は,現代の京速コンピューターが宇宙がはじまった瞬間から計算し続けても今なお終わらないくらいの膨大なものになります。この素数判定のアルゴリズムについても,最近の成果によって,10300くらいの整数であれば,3006回程度の計算で済む(京速コンピューターなら0.1秒で終わる!)ように改善がなされたことが紹介されています。

そして,最後の話題は,クレジットカード番号などの個人情報をインターネット上でやり取りする際に利用されているRSA暗号についてです。暗号理論は,整数論の現代社会への代表的な応用例の1つですね。本書では,フェルマーの小定理オイラーの定理を経て,RSA暗号の仕組みまでが数式を使って丁寧に説明されているので,ぜひご自身で読んでみてください。

第5話 無限世界と不完全性定理

第5話は,次のような話題からはじまります。

部屋が無限にあるホテルならば,どんな人数の客が来ても宿泊させることができるか。

もちろん,客の人数が有限ならば宿泊させることは可能なのですが,客の人数も無限ならばどうでしょうか。その場合には,宿泊させることができるかどうかは,「無限の種類による」のです。例えば,偶数の個数は自然数の個数より少ないと直感的に思えますが,実は両者の間には1対1の対応がつけられるので,同程度の無限であると言えます。一方で,実数の個数も無限ですが,実数は自然数よりも明確に大きな集合であり,無限集合にも階層があるのです。無限を扱うときには,こういった直感とのズレが生じやすいので,それを克服するには論理の力が必要になります。

そして,20世紀になってから,

そもそも数とは何か

が問い直されることになりました。その流れの中で,イタリアの数学者ジュゼッペ・ペアノが自然数の公理を考え,ドイツの数学者ダーフィット・ヒルベルトは,公理に基づいて数の体系に矛盾がないことを示すという野望を掲げました。

このヒルベルトの野望を否定的に解決したのがクルト・ゲーデルでした。彼が示した不完全性定理について,著者は次のように書いています。

ゲーデルの不完全性定理は,20世紀の数学の最も重要な成果のひとつだけれど,この定理ほど誤解されている数学の定理も少ないと思う。しかし,その証明のアイデアは難しいものではない。

第5話の後半では,第1不完全性定理の主張と証明のアウトライン,第2不完全性定理の主張,よくある不完全性定理についての誤解が書かれているので,興味のある人はじっくり読んでみてください。

第6話 宇宙のかたちを測る

第6話は次の話題からはじまります。

古代ギリシア人は地球の大きさをどう測ったか

第4話でも登場するエラトステネスは,2地点間の距離と,その2地点における太陽が落とす影の角度の違いから地球の外周をかなりの精度で求めることができました。その計算の前提となるのは,地球が球形であることと,平行線の錯角が等しいことです。この「平行線の錯角は等しい」という事実は,あたりまえに成り立つこととして中学の数学で学習しますが,これも証明が必要な定理です。

こういった幾何学のさまざまな定理を,幾何学の基本原理として定めた5つの公理をもとに証明していったのが,紀元前3世紀に活躍したユークリッドでした。その公理とは,例えば,「2点を与えると,それを結ぶ線分を,ちょうど1本引くことができる」といった素朴なものなので,複雑な定理がこれだけの出発点から証明されてしまうというのは,驚きですよね。公理をもとに定理を証明していくユークリッドの論証のスタイルは,後の人類に大きな影響を与えました。

そして,ユークリッドが仮定した公理のうちの一部を除外すると,球面幾何双曲幾何という別の幾何学が成り立つこともわかってきました。ユークリッドの幾何学では三角形の内角の和は180°であることを公理に基づいて示すことができますが,球面幾何や双曲幾何では三角形の内角の和は180°にならないのです。この内角の和に関連して,第2話や第4話でも登場したガウスはガウス曲率というものを考え,次のことを証明しました。

曲面の上の幾何はこの曲率だけで完全に決まる

この曲率という概念を使うと,私たちの住む空間のかたちは,まったいらな空間,正曲率の空間,負曲率の空間の3種類のいずれかになるはずなのです。これが第6話のタイトルと結びつきます。そして,第6話の最後では,2000年代の初頭までに行われたマイクロ波のゆらぎの観測から,宇宙のかたちはほぼまったいらであることが判明したことが紹介されています。

第7話 微積は積分から

微分積分をまだ学習していない人や,学習したけれど苦手だった人には第7話を読むことをおすすめします。高校の数学Ⅱでは微分→積分の順に学習しますが,本書では,第7話のタイトルの通り,積分→微分の順に解説されます。なぜなら,積分は面積や体積といった目に見える量と関係するため,直感的に理解しやすいためです。著者も次のように書いています。

高校で微積分を勉強してチンプンカンプンだった人も,これから微積分に取り組もうという人も,「積分から先に」を試してみよう。

微分積分は17世紀にニュートンとライプニッツが独立に発見したことで有名ですが,それより遥か昔の紀元前3世紀の数学者アルキメデスは円の面積や球の体積などを求めることができました。アルキメデスの考え方を使うことで,2次関数とx軸で囲む部分の面積を,積分を明示的には使わずに,数列の知識と極限の操作の組み合わせで求めることができてしまうところが興味深いです。

積分に続けて,瞬間の速度として微分が解説されています。微分と積分を独立に定義することで,結果的に微分と積分は逆の演算となることがわかります。これが,大学1年次に学習する微積分学の基本定理です。

最後に,微積分学の基本定理を応用して指数関数の微分と積分が解説されています。また,第7話の補遺では,三角関数の微分積分が原理から解説されていて,かなり読みごたえがあります。

第8話 本当にあった「空想の数」

タイトルを見て,おわかりになるでしょうが,虚数は「数学的に」実在するという話題です。

なぜ「本当にあった」と言えるのかという点について,2つの理由が示されています。1つ目は,次のような3次方程式の解の公式にまつわるものです。

虚数は,このように実数の解を持たない2次方程式を解くために考えられたという解説がよくされるが,そうではない。歴史的には,虚数の考え方が数学で真剣に考えられるようになってきたのは,2次方程式ではなく,3次方程式の解法の研究からだった。

2次方程式の場合には「判別式が負ならば解はない」で済ませることもできますが,3次方程式の場合には,実数の解を表示するのに複素数を使わざるをえなかったのです。この原理については,第9話のガロア理論へとつながっていきます。

2つ目の理由は,有理数(分母と分子が整数の分数で表せる数)と複素数はどちらも「2つの実数の組に対してある演算を定義したもの」であり,有理数が実在するならば,虚数や複素数の存在も認めなければならないというものです。

「虚数や複素数がなぜ実在すると言えるのか」について,自分の言葉で表現してみるのも楽しいですね。

第8話の後半では,有名な小説(映画)の「博士の愛した数式」でも取り上げられた次の式を導出します。

この式の導出を通して,複素数の世界では,指数関数の積と三角関数の加法定理は同等であることが説明されています。平面図形の研究から生まれた三角関数と,天文学に関連して大きな数の計算のために生まれた指数関数という全く別の出自をもつ2種類の関数が一体的なものであることに,人類は18世紀になって気づくことになります。もともと,人類がつくり上げた概念だったはずのものが,実は奥深くで結びついていることに後になってから判明するという過程を経験すると,次のような問いが自然とわいてきます。

数学は発明されるものか,発見されるものか

第8話の最後で,著者はこの点について語ってくれています。

第9話 「難しさ」「美しさ」を測る

第9話は,方程式の難しさを数学の言葉で表現したガロア理論の話題です。冒頭で語られる歴史的な背景は何度読んでも胸が熱くなります。

1次方程式から4次方程式までは,加減乗除とべき根を開く操作によって一般的に解くことができます。つまり,解の公式が存在します。ところが,5次以上の方程式になるとそうではなくなってしまいます。

5次方程式に解の公式が存在しないことを人類ではじめて証明したのは,ノルウェー生まれのニールス・ヘンリック・アーベルでした。アーベルは画期的な論文を書いたものの,大学で職を得ることができず,経済的な困窮の中で結核にかかり,26歳の若さでこの世を去ります。現在,ノルウェーの首都オスロには,彼の功績を讃えるアーベル像が建てられているそうで,いつかお目にかかりたいですね。

そのアーベルが完遂できなかった「どんな方程式がべき根を用いて解けるのか」を明らかにしたのが,フランス生まれのエバリスト・ガロアでした。彼が20歳7か月の短い生涯の中でつくり上げた,いわゆるガロア理論が第9話のメインテーマです。

ガロアは,方程式の解きにくさを表現するという数学的な「言葉」を生み出しました。群というのは対称性を記述する概念で,本書では,まず正三角形を回転移動させたり,対称移動させたりする対称性に関連した3次対称群を使って説明されています。ガロアやその先行研究をおこなったラグランジュは,「方程式がなぜ解けるのか」ということは,「解の入れ替えの対称性」と関わっていることに着目します。この視点で,「3次方程式になぜ解の公式があるのか」を調べると,先ほどの正三角形の図形的対称性を記述する3次対称群が登場するのです。

一方で,5次方程式には解の公式が存在しない。なぜかと言うと,「解の入れ替えの対称性」を記述する5次対称群の構造が3次対称群などとは本質的に異なり,正二十面体の対称性を記述する複雑な群を含んでいるからです。このような「方程式が解けるかどうか」ということを「解の入れ替えの対称性を記述する群の構造」におきかえる考え方がガロア理論です。

ガロアは「難しさ」を表現する群という言葉を生み出しました。そして,本書のタイトルにある「数学の言葉」は今なお生み出され続けていると著者は結んでいます。

数学は発展途上の言語だ。科学の最先端では,最新の科学知識を語るために,新しい数学が次々と生まれている。

まとめ

第9話の最後の節で,著者は次のように述べています。

2次方程式の解の公式のように,日常生活で使う機会の少ない数学は,義務教育で教える必要はないという考えの人もいて,(中略)しかし,「役に立たない数学」も勉強する価値がある。数学には,言葉を学ぶという側面があるからだ。

また,あとがきには,次のように書かれています。

数学と民主主義は,どちらも古代ギリシアで誕生しました。数学は,宗教や権威に頼らず,万人に受け入れられた論理だけを使って,真実を見いだす方法です。上から押しつけられた結論を受け入れるのではなく,一人ひとりが自分の頭で自由に考え判断する。このような姿勢は,民主主義が健全に機能するためにも必要です。数学と民主主義が,ほぼ同時代に同じ場所で現れたのは,偶然ではないと思います。

数学は,物事の本質を捉え,新しい価値を創造するための思考法を授けてくれます。一見,役に立たない数学の分野も,21世紀という変化の激しい時代を生きる私たちにとって強力な武器になりえます。本書を通して著者が伝えようとしているメッセージがより多くの人に伝わることを願っています。

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