統計検定準1級の勉強では,統計学実践ワークブック(以下,ワークブックと呼ぶ)の内容を理解できれば合格に値する実力は十分につきます。
この書籍の完成度には敬意を表するものの,膨大な内容を一冊におさめるために結論だけが書かれている部分も多く,初学者がワークブックのみで学習していくのは極めて困難と言わざるを得ません。そこで本稿では,統計検定準1級を独習しようとする人に役に立つであろう書籍を分野別に紹介していきます。その中には,1級の学習に役立つ書籍も多数含まれています。なお,本稿ではSNS等で一時的に話題になるだけの軽薄な書籍は掲載しておらず,専門家の手による本格的な書籍のみを扱っています。書籍ごとの難易度も示しておいたので,自分に合うものを手にとってみてください!
準1級に挑む前の準備
統計検定準1級の勉強をはじめるにあたって,やっておいたほうが望ましい準備には2種類あり,1つ目は統計検定2級の内容の理解,2つ目は数学的な準備です。これらをすっ飛ばして統計検定準1級の勉強に入ると,たいていの人は苦労しますので,ご注意ください。
2級内容の理解
統計検定準1級の試験では,2級の内容も出題されます。準1級範囲の内容は難度が高いため,2級範囲の問題は絶対に落としたくありません。また,準1級の内容を理解する上でも,2級の内容が基盤となります。統計検定2級のCBT試験を余裕で合格できる(得点率8割以上)だけの実力のある人は準1級に進み,実力がそれに満たない場合には焦らずに2級の内容の基礎固めをしましょう。ここでは,2級の復習に使えて,しかも準1級内容の一部も勉強できる書籍を紹介します。
入門統計解析 第2版(倉田・星野,新世社)
本書は,2級の推定・検定・回帰の分野をカバーしつつ,最尤法やモーメント法などの準1級の内容の一部を含んでいるので,問題を解きながら全体を通読できると,準1級に挑戦する下地ができあがります。練習問題は良問ぞろいなので,第8章までの問題はすべて解ききってください。また,準1級では,求められる数学力が2級よりもぐんと上がりますが,本書を通読することは数学力の確認にもなります。もし,途中で数学的に理解しにくい部分があれば,数学力が不足している可能性があるので,高校数学+αくらいの内容を他書で勉強したほうが良いでしょう。
数学的準備
準1級のCBT試験は数学的に複雑な内容はほとんど出題されませんが,高校数学(数Ⅲを含む)の理解が不足していると合格はおぼつかないでしょう。高校数学の学び直しには大学受験参考書を使ってもよいですが,2024年に発売された次の書籍は社会人の学び直しにも向いています。
手を動かしてまなぶ基礎数学(富川祥宗,裳華房)
本書の目次は次のようになっており,高校数学の中でもデータサイエンスに関わりの深い分野を選択的に学んでいく構成になっています。
目次
第1章 論理と式
第2章 漸化式と方程式
第3章 微分と積分
第4章 ベクトルと行列
第5章 確率と統計
総和記号Σや極限など,統計学を学んでいくにあたって不可欠な内容がカバーされています。ただし,「手を動かしてまなぶ」シリーズ全般に言えることですが,定理や証明で構成されており,楽に読める本ではないことに注意してください。高校数学を理解している人が読んでも気づきがあるというタイプの書籍です。
準1級の内容のうち,特に多変量解析の理論を正しく理解するには,大学初年級の線形代数が必要です。社会人が線形代数を短期間で学び直す場合にオススメしたいのが次の書籍です。
ライブ感あふれる線形代数講義(宇野勝博,裳華房)
本書は,堅苦しくない文体によって,行列,ベクトルの導入から対称行列の対角化,特異値分解までを解説してくれるテキストです。大学1年生向けですが,高校数学からスムーズに接続できそうな内容なので,優秀な高校生でも読めると思われます。数学者が書いた多くの線形代数本では,一般のn次元で定理を証明していきますが,本書では3次元や4次元を例にして具体的に説明してくれており,それゆえに多くの人が挫折せずに理論の筋道を追いやすいのではないかと思われます。残念なのは,各節末の問題の解説が不十分な点であり,解答自体が省略されている問題もあります。
準1級では,大学初年級の微分積分が必要な単元が少しありますが,数Ⅲの微分積分ができれば試験には困らないでしょう。それでも,大学1年の微分積分をしっかり勉強したいという人には,次の書籍をオススメします。
手を動かしてまなぶ微分積分(藤岡敦,裳華房)
理工学系の大学1年生向けに書かれた教科書であり,高校数学までの知識がある人が短期間で学習するのに適しています。べき級数,テイラー展開,広義積分,ラグランジュの未定乗数法,ヤコビアン,ベータ関数とガンマ関数など,準1級で必要な微分積分の知識は十分にカバーされていて,各節末の練習問題で理解を確かめながら読み進めることができます。定理と証明で構成されてはいるものの,εーδ論法を使う厳密な議論は省略されていて,非数学科の大学生でも読みやすく工夫されています。
準1級の分野別オススメ書籍
ワークブックの第1〜32章の内容は多岐にわたり,1つの章の内容が本1冊分に相当することもあります。このセクションでは,特定の分野をしっかりと理解したいという人のために,分野別のオススメ書籍を紹介していきます。まず本題に入る前に,PBTの過去問集を挙げておきます。
統計検定準1級 公式問題集(実務教育出版)
こちらは,知識の定着度と応用力を確認するのに使うのが良いでしょう。CBT試験では,2級範囲の問題,ワークブックの類題,応用力を問う問題が出題されるので,はじめて見る問題に対しても対応できる力があることが望ましいです。そういったトレーニングとして,時間に余裕のある人は過去問を解いてみてください。
では,ここから分野別にオススメの参考書を紹介していきます。取り上げている書籍の難易度には幅があるので,各書籍の名前の直後に通読する上での難易度を★の数によって4段階で表しました。★が多いほど難しいことを意味しており,「★」は2級に合格できるくらいの知識で読み進められる程度の難度,「★★★」は1級に合格できるくらいの力量でようやく読める難度に相当します。
確率,確率分布,変数変換,推定,検定(第1〜12章)
まず,統計検定2級学習用とされている次の書籍から紹介します。実際には2級用としては難しめなので,準1級の1冊目として使うのが良いです。
公式と例題で学ぶ統計学入門(久保川達也,共立出版)【★★】
2級内容を復習するための書籍として,上で紹介した「入門統計解析 第2版」の代わりに,こちらを使うのもアリです。2級から準1級に進んだときにつまずきがちな条件付き分布,条件付き期待値などが具体例とともに解説されているところが特に良いですね。本書は,演習問題が充実しているところが特徴なので,自分の力で問題を解きながら進めていけばかなりの実力が身につくでしょう。第12章の線形重回帰モデルのあたりからはさらに難しくなり,準1級受験者でも苦戦すると思われます。なお,第13章は完全に準1級内容の分散分析モデルやロジスティック回帰モデルを扱っています。
確率と確率分布はCBT試験で得点源にしたい単元です。そのトレーニング用として,次の書籍に取り組むことをオススメします。
ガイダンス確率統計(石谷謙介,サイエンス社)【★★】
本書の序文には大学1年生向けの書籍であると書かれていますが,1冊すべてを読み通すと1級にチャレンジする下地ができるくらいの実力がつきます。準1級の受験者には,確率や条件付き確率を扱った第1章,確率分布と期待値を扱った第2章,多変数の確率分布を扱った第3章を読むことをオススメしています。第1〜3章の説明を読みつつ,例題と問だけを自力で解けるように練習してみてください。これによって,確率と期待値の求め方の基礎が身につき,重要な確率分布にも親しむことができます。本書の特徴としては,例や例題の後に細かく「問」が設定されていることと,その問題のオリジナリティが挙げられます。例えば「Xが指数分布Exp(λ)にしたがうとき,α>ーλとしてE(eーαX)を求めよ」のように,よくある一般的な問題とは一味違うものが並んでいるので,頭が鍛えられます。章末の演習問題は難しいものもあるので,無理に解かなくてもいいです。
上記の2冊では扱われていない積率母関数も含むテキストとして,次の書籍をオススメします。
Rで学ぶ確率統計学 一変量統計編(神永・木下,内田老鶴圃)【★★★】
本書は,第8章までで基本的な確率分布を説明した後,第9章で大数の法則,第10章で中心極限定理,第11章で最尤法,第12章でクラメール・ラオの不等式,第13章で区間推定,第14章で仮説検定を説明しています。特に,積率母関数を使って確率分布の再生性を示せることは第8章で扱われており,準1級受験者にもぜひ知っておいてほしいところですね。本書は式変形が丁寧なので,クラメール・ラオの不等式のあたりも数式を追いやすいでしょう。
確率分布,特性値,変数変換あたりの演習問題が不足する人は,次の書籍に取り組んでみてください。
入門・演習数理統計(野田・宮岡,共立出版)【★★★】
本書は,確率,確率分布,推定,検定を扱う1級相当の演習書です。1冊すべてを読む必要はありませんが,苦手な単元を補強する目的で自分に必要な単元を読むといいでしょう。特に,変数変換に苦手意識をもつ人が結構いるので,本書の充実した演習問題が役に立つはずです。ただし,巻末には解説がなく,解答すらない問題もあります。ネット上で解答・解説を公開してくれている人がいるので,そちらを参考にするか,ChatGPTに聞いてください。
ノンパラメトリック法,標本調査法(第13,21章)
ノンパラメトリック法については,統計検定1級相当の数理統計学の代表的な教科書として名高い次の書籍をオススメします。
現代数理統計学(竹村彰通,学術図書出版社)【★★★★】
本書の第12章ではノンパラメトリック法を扱っていて,第11章までを読んでいなくても読めるように書かれています。符号検定,符号つき順位和検定,ウィルコクソン順位和検定,並べかえ検定が扱われており,各種検定の仮定を明確にした上で理論的にしっかり説明されています。ただし,ノンパラメトリック法を適用する具体例が載っていないのが残念な点です。
また,次の書籍も統計検定1級相当の数理統計学の教科書ではありますが,ノンパラメトリック法に加えて,標本調査法の解説も充実しています。
数理統計学(鈴木・山田,内田老鶴圃)【★★★】
ノンパラメトリック法は第9章2節で扱われており,具体例を中心として,符号検定,符号つき順位和検定,ウィルコクソン順位和検定,スピアマンの順位相関係数が説明されています。巻末に符号つき順位和検定,ウィルコクソン順位和検定の有意点をまとめた表もついています。また,第8章では,有限母集団からの非復元抽出の場合の標本平均の期待値と分散についての証明や,各種層化推定量の期待値・分散の導出,Neymanサンプリングの分散の最小性についての証明など,標本調査法の理論的な説明が載っています。いずれの章も,そこだけを読んでも理解できるように書かれています。
マルコフ連鎖,確率過程(第14〜15章)
確率過程の基礎(R.Durrett,丸善出版)【★★★★】
本書は,第1章でマルコフ連鎖,第3章でポアソン過程を扱っています。マルコフ連鎖に関しては練習問題を除いても70ページ超あり,たくさんの具体例とともに諸概念を解説しつつ,定常分布の存在や一意性に関する議論もなされています。ポアソン過程に関しては2つの同値な定義を紹介し,複合ポアソン過程の期待値と分散の導出を行っています。やや難しい書籍ですが,自分でしっかり考えれば追っていけるように式変形がなされています。どちらの章についても練習問題が豊富であり,奇数番号の問題の解答のみが巻末に載っています。
上記の「確率過程の基礎(Durrett)」の第6章ではブラウン運動も扱われていますが,難度が高く,準1級の受験者の役には立たないでしょう。ブラウン運動のイメージをつかむには,次の書籍がオススメです。
入門確率過程(松原望,東京図書)【★】
本書の第6章でランダム・ウォーク,第8章でブラウン運動が解説されており,具体例が豊富で,図や文章,数式のバランスが良いです。なお,本書の改訂版が2025年1月に発売されるので,発売後に改めてレビューします。
重回帰分析,回帰診断法,モデル選択(第16〜17,30章)
重回帰分析とその周辺分野の易しめのテキストとして,次の書籍があります。
Rによる統計的学習入門(James,Witten,Hastie,Tibshirani,朝倉書店)【★】
本書は,データにモデルをあてはめる手法を全般的に解説した洋書の日本語訳版です。ところどころに数式が現れるものの,それが本質的な役割を果たすことはほとんどなく,文章と図によって各手法の実践方法を説明していく構成になっています。重回帰分析の周辺分野について,本書がおさえているポイントは次の通りです。
重回帰分析について,数式による理論的にしっかりした解説書がほしい人には,次の書籍をオススメします。
多変量解析入門(小西貞則,岩波書店)【★★★★】
本書は,どの単元も式変形の手順がわかるように示されており,多少の行間はあるものの,自分で数式を追っていくことができるのが特徴です。書名の通り,多変量解析全般を解説したものですが,本稿では重回帰分析とその周辺分野の参考書籍としてオススメします。ポイントは次の通りです。
より網羅的な解説が読みたい人には,次の書籍がオススメです。
線形回帰分析(蓑谷千凰彦,朝倉書店)【★★★★】
本書は書名の通り,線形回帰分析について1冊かけて説明しており,一般化最小2乗法であったり,各種統計量がカイ2乗分布やF分布にしたがう理由なども含めた網羅的な解説書になっています。全体的に具体例が多く,回帰係数の線形制約の検定統計量のような複雑な数式も,数値例による説明がつけられているところが良いですね。また,7番目の章では,ダービン・ワトソン検定の数理的な説明もあります。
質的回帰(第18章)
Rで学ぶ確率統計学 多変量統計編(神永・木下,内田老鶴圃)【★★★】
比較的丁寧な式変形とともに理論的な解説がなされているのが本書。第9章では一般化線形モデルの定義,指数型分布族の期待値・分散などを扱っており,第10章ではロジスティックモデルとプロビットモデル,第11章ではポアソン回帰を扱っています。説明の中で,参考程度ではありますが,リーマン幾何学や測度論の話題が出てくるところも面白いです。なお,Rのコードに関する説明もありますが,Rを使わない人でも学習に使えます。
回帰分析その他,不完全データの統計処理(第19,29章)
生存時間解析については,次の書籍をオススメします。
生存時間解析入門[原書第2版](Hosmer・Lemeshow・May,東京大学出版会)【★★】
本書は,欧米の大学・大学院で教科書として用いられている名著を日本語に訳したものです。第1章では「打ち切りとはなにか」について,第2章では「カプランマイヤー推定量」について,それぞれ具体的かつ平易に説明されています。また,第3章では「比例ハザードモデルの式」について,第4章では「比例ハザードモデルの結果の解釈」について解説されており,前提知識として,線形回帰モデル,ロジスティック回帰モデルや2級相当の推定・検定の知識,および高校数学の知識があれば理解できるでしょう。なお,第3章の後半の部分尤度のあたり,第4章の後半の多変量モデルのあたりはやや難度が高いので,特に必要としている人以外は読み飛ばしてもよいでしょう。
生存関数,ハザード関数,確率密度関数の相互の関係については,次の書籍が参考になります。
不完全データの統計解析(岩崎学,エコノミスト社)【★★★】
本書の第4章では,寿命データの解析として,生存時間解析で用いられる各種の関数の性質が説明されています。そして,第3章が1変量データの解析,第5章が2変量データの解析で,ワークブックの第29章の主たる内容と同じことが掘り下げて書かれています。本書とワークブック第29章の執筆者は同じであるため,おそらく本書の内容が第29章のベースになっているものと思われます。また,分散共分散行列,積率母関数を説明している第2章やEMアルゴリズム,MCMCを説明している第9章も参考になります。しかし,残念なのは誤植の多さです。本書を読むにあたっては,自分で間違いをすべて拾う覚悟をもって読んでください。
分散分析と実験計画法(第20章)
分散分析のポイントは次の3点。
- 二元配置法や乱塊法について,平方和の分解を含めて解説されている
- 各水準の母平均の区間推定が解説されている
- 直交表がどのように役に立つのかが初学者にとってわかりやすく書かれている
この3つの点のうち,少なくとも最初の2つをクリアしているのが次の書籍です。
実験計画法と分散分析(三輪哲久,朝倉書店)【★★】
本書は,平易かつ網羅的に分散分析を解説したもの。Chapter1で実験計画法の概要をつかんだ後,Chapter2で一元配置の完全無作為化法と乱塊法を学習します。平方和の分解と構造式,平均平方の期待値の導出などが丁寧に解説されており,母平均の区間推定や母平均の差の区間推定にも触れられています。準1級での出題のメインとなる二元配置法はChapter4,直交表はChapter6で解説されています。二元配置の場合にも,分散分析表のもとになる平方和の分解がどのように計算されているのかを理解することが可能です。
上の「実験計画法と分散分析(三輪)」で,直交表の説明だけはわかりにくいかもしれません。そんな人にオススメなのが次の書籍です。
よくわかる実験計画法(中村義作,近代科学社)【★】
本書は,ほとんど直交表の説明のために書かれていると言っても過言ではありません。全体的に数学的な難度を上げずに解説されていて,特に直交表の背景となる考え方や直交表を用いた交互作用の計算を具体的に示してくれる点が良いですね。
多変量解析(第22〜26章)
重回帰分析のところで紹介した「多変量解析入門(小西)」は多変量解析の解説書として有名ですが,この本で取り上げている多変量解析の主要な内容をカバーし,より平易に,より広範囲に解説しているのが次の書籍です。
多変量解析(松井秀俊,学術図書出版社)【★★】
本書は,各単元の導入部分で図や言葉によるイメージしやすい説明があり,数学的な導出を各章の最後にまとめることで読みやすく工夫されています。扱っている内容をざっと並べると,線形回帰モデル,ロジスティック回帰モデル,判別分析,クラスター分析,主成分分析,因子分析,多次元尺度構成法,正準相関分析などであり,準1級の多変量解析をほとんど網羅的に解説しています。特に,判別分析について,本書は以下のような広範なトピックを扱っています。
- 混同行列
- フィッシャーの線形判別
- マハラノビス距離による判別
- 2次判別
- サポートベクターマシン
このような理由から,1冊だけ買うなら「多変量解析(松井)」が妥当ですが,より個性の強い多変量解析本として,次の書籍もオススメです。
多変量データ解析(杉山・藤越・小椋,朝倉書店)【★★】
本書は,できるだけ数学的な難易度をおさえて,重回帰分析,主成分分析,判別分析,因子分析,正準相関分析を解説したものです。本書の魅力は,各単元の内容の充実度なので,詳しく見ていきましょう。まず,主成分分析については,次の3つの大事なポイントがおさえられています。
あと,固有値の信頼区間に触れている点も個人的にはポイントが高いです。因子分析については,次の3つの大事なポイントがおさえられています。
以上のように,かゆいところに手が届く説明になっています。また,各Chapterの最後には数学的な導出も書かれており,数学的に理解したい人の要望にも応えてくれます。
ここまでの2冊で不足する数量化法の解説については,次の書籍がオススメです。
多変量統計解析法(田中・脇本,現代数学社)【★★★】
本書は,主成分分析,因子分析,判別分析,クラスター分析など,多変量解析全般を解説した書籍ですが,外的基準という用語も含めて数量化法をしっかり解説している数少ない書籍の1つでもあります。やや複雑な数式を扱っているので,数学が苦手な人にはオススメできませんが,大学初年級の数学の理解があれば,本書を通して,数量化Ⅰ類〜Ⅳ類が数学的に何をしているのかをつかめることでしょう。
あと,多次元尺度法に関して「多変量解析(松井)」では不十分だと感じる場合には,次の書籍をオススメします。
関連性データの解析法(齋藤・宿久,共立出版)【★★★★】
本書では,多次元尺度法に加えて,クラスター分析も解説されています。多次元尺度法については,計量的・非計量的の両方について計算方法や具体例が示されており,簡潔ではあるものの,必要な事柄がしっかりまとめられています。特に,計量的多次元尺度法における二重中心化の役割などがよくわかるでしょう。
ここまでの書籍では扱われていない内容として,グラフィカルモデルがあります。これについては次の書籍がオススメです。
グラフィカルモデリング(宮川雅巳,朝倉書店)【★★★】
本書は,2つ目の章で条件付き独立の数理を扱った後,4つ目の章で多変量正規分布に基づく共分散選択,5つ目の章で対数線形モデル,6つ目の章でパス解析を解説しています。いくつかの証明がやや難しいものの,全体的には文章と図によるわかりやすい説明が多いです。
時系列解析(第27章)
次の書籍は,時系列分析の定番の教科書です。
計量時系列分析(沖本竜義,朝倉書店)【★★★】
本書の最初の2つの章では,定常AR(1)やMA(1)の期待値,分散,自己共分散などの計算,コレログラムとの関係,反転可能性などを比較的平易かつ丁寧に解説してくれています。演習問題もある(解答は出版社ホームページ)のがありがたいですね。誤植の情報も出版社ホームページにあります。準1級向けに書かれているわけではないので,所々に,ユール・ウォーカー方程式などの1級の統計応用相当の内容も書かれており,必要に応じて読み飛ばしてください。
上記の「計量時系列分析(沖本)」では扱われていないスペクトル密度関数やペリオドグラムに関しては,次の書籍をオススメします。
時系列データ解析(白石博,森北出版)【★★★★】
本書は「計量時系列分析(沖本)」よりもさらに数学をしっかり使っているので,難しく感じる人が多いと思いますが,PACFや状態空間モデルなども含めて数式で理解したい人はぜひ手にとってみるといいでしょう。
分割表(第28章)
分割表の統計解析(宮川・青木,朝倉書店)【★★★】
タイトル通り,分割表の解析方法を総合的に解説した書籍で,易しくはないですが,大学1年の数学がわかれば読み進められます。本書の1つ目の章では,二元分割表の4つの統計モデルに対するカイ2乗適合度検定を導出し,それらを尤度比検定と比較し,フィッシャーの正確検定が4つのモデルすべての場合に対して一般化できることが書かれています。3つ目の章で対数線形モデルを導入し,4つ目の章でグラフィカルモデルを使った多元分割表解析の理論が展開されます。図や言葉を多用して説明してくれていますが,骨太な定理と証明も続いていくので,時間をかけてじっくり読みたい書籍です。
ベイズ法(第31章)
標準ベイズ統計学(Peter D.Hoff,朝倉書店)【★★★】
国内外のいくつかの大学でベイズ統計学のテキストとして使用されている書籍を日本語に訳したものです。統計検定2級相当の知識があれば,ベイズ統計学の基礎から応用まで学んでいくことができます。準1級で出題されうる内容として,ベータ・二項モデル,ガンマ・ポアソンモデル,正規・正規モデルが考えられますが,本書を使えば,これらを数式を追いながら理解することができます。本書は非常に幅広い話題を扱っていて,本書の後半で取り上げられているMCMCなども直感的にわかりやすい説明になっています。ただし,大学1年生程度の微分積分の知識は説明なく使われるので,重積分,ベータ関数,ガンマ関数などは事前に学習しておきましょう。
シミュレーション(第32章)
データ解析のための数理統計入門(久保川達也,共立出版)【★★★】
本書については別の記事(リンクはこちら)で紹介していますが,モンテカルロ積分,棄却法,ブートストラップ法なども扱われており,それぞれについて,簡潔ではあるものの的確な説明がなされています。なお,モンテカルロ積分の分散削減手法は扱われていません。
「こんなに多くの専門書の精読をしている暇はない」という人へ
最後に「精読」について触れておきます。ここでの「精読」は,1行を読むのに数時間を要することすら辞さないような数学書の読み方のことです。数学書の読み方は小説の読み方とは全く異なります。何となく,話の筋道が追えているという程度ではいずれ行き詰まるので,細部の論理を根気強く追っていきます。数学科出身以外の人なら,気づかずに通り過ぎてしまうような論理の飛躍にも気づき,「なぜなんだ…」と悩み,頭をひねって1つずつ解決していくので,時間がかかります。数学科出身でなければ,大人でもそのような書籍の読み方をこれまでの人生の中で一度もしたことがないかもしれません。そうなると,統計学の専門書も含めて,数式で論理展開する書籍を自力では本当には理解できないということも起こりえてしまうのです。私が数学教室(数学科に相当するもの)の出身で本当に良かったと今思えるのは,このような精読の姿勢を身につけることができたことが大きいです。
本稿で紹介してきた32冊の書籍は,時間をかけて精読する価値のある書籍ばかりです。みなさんには,上記の書評を参考にして,ぜひ素晴らしい書籍と出会ってほしいと思っています。一方で,数式を用いる専門書の独学は,誰でもできることではありません。上記の書籍の中には,統計検定1級と同等かそれ以上のものもあるので,理解が及ばないこともあるかもしれません。また,理解できるかどうかではなく,これらの書籍を精読するだけの時間を確保できないという人も少なくないのではないでしょうか。しかし,これらのハードワークは統計検定準1級に合格するために必ずしも必要なものではありません。そこで,統計検定準1級の内容をできるだけ多くの人に理解してもらえるように伝え方を工夫し,私が膨大な時間をかけて制作したのが統計検定準1級講座(リンクはこちら)です。これらの高度な内容を比較的短い時間で理解できるようにしたい人は,ぜひご利用をご検討ください。
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