【おすすめ本】その問題,数理モデルが解決します【社会で役に立つ数学】

【おすすめ本】その問題,数理モデルが解決します【社会で役に立つ数学】 おすすめの本

本書は,数理社会学がご専門の浜田宏教授の著作で,2018年12月に出版されました。2人の主人公が数理モデルを使って実社会の問題を解決していくストーリーで,「数学は社会で役に立つの?」という疑問を持つ人にぜひ読んでほしい一冊です。また,読み進めながら確率・統計や行動経済学,ゲーム理論を学んでいくことができるので,これらの分野をこれから学んでいきたいという志のある大学新入生にもおすすめです。確率・統計の内容は統計検定2級のレベルにマッチしているので,私の統計検定2級講座で勉強している人に読んでもらえると,学習の息抜きやモチベーションアップにつながると思います。

なお,2020年に本書の続編も出版されているので,そちらも近いうちにレビューします。

本書の特徴

主人公は,数学が得意な男子の花京院 か きょういんと数学が不得意な女子の青葉です。2人は同じ大学の文学部の学生という設定でスタートし,6章以降では花京院は大学院生,青葉は社会人へと成長します。実社会で出くわす様々な課題を解決するための数理モデルを,花京院が青葉に説明する形式で進行していきます。読者が理解に苦しみそうな箇所で,青葉は「ちょっとなに言っているかわからない」と言い始め,その後に花京院がぐっとハードルを下げて説明し直してくれます。

あくまで個人的な感想ではありますが,本書の特徴を次のようにまとめました。

  • 章ごとに参考文献が書かれていて,気になる内容をさらに深く学びやすくなっています。
  • 定義や証明は厳密に表現されています。
  • 行動経済学やゲーム理論の章は他の章とのつながりが弱いので,読み飛ばすことも可能です。
  • 1冊を通して,時系列でストーリーが進行し,2人のやりとりを小説を読むように楽しむこともできます。青葉は,花京院から数理モデルについて教わりながら,発言内容も成長していくので,その点も注目です。
  • 誤植がなく,よく編集されています。

本書の注意点

本書を読む上で注意したほうが良い点をまとめると次のようになります。

  • 第3章,第5章では微分積分が登場するので,高校までの数学を理解していることが望ましいです。
  • 確率・統計の章は1章から順に積み上げていくような構成なので,途中の章を読み飛ばしたり,順番を変えたりすると,内容についていけなくなることがありえます。
  • 専門書ではありませんが,定義や証明はわりと厳密なので,細かい部分をきちんと追うには時間がかかります。

この点を踏まえると,「高校までの数学は学習しているが,統計学の学習はまだこれから」という人にぴったりな内容だと考えます。

以下の記事では,全12章について,章ごとに内容を紹介していきます。第4章,第6章,第10章,第11章は行動経済学やゲーム理論の内容で,それ以外の章は確率・統計の内容です。これらが入り組んでいますが,専門書ではないので,索引はありません。どの章でどういう専門用語が登場するのかがわかりにくいと思いますので,以下の記事では専門用語を太字にしてあります。ぜひ,この記事を索引の代わりに使ってください。

第1章 隠された事実を知る方法

大学内の学生の喫煙率を調べることになった青葉は,次のような質問表を作ります。

大学内で煙草を吸ったことがありますか。次の選択肢から1つ選んでお答えください。

・吸ったことがある
・吸ったことがない

これを見た花京院は,建前上は全学禁煙だから,喫煙経験のある学生でも正直に答えるように,質問の仕方を変えることを提案します。それが回答のランダム化です。その詳細は,ぜひ本書を読んで確認してみてください。はじめてこの方法を知ったときには,「なるほど!」と思うことでしょう。ランダム化によって調査対象者を4つのグループに分け,4つの集合の要素の数を調べることで,喫煙率がどのように推定できるかを花京院が解説してくれています。さらに確率変数期待値分散という数学的な概念の丁寧な導入が続きます。

第2章 卒業までに彼氏ができる確率

恋人を作りたい青葉の悩みに応えて,花京院が「卒業までに出会ったn人のうち,x人が自分を好きになってくれる確率」を数式化していきます。好きになる→1,好きにならない→0と対応させる確率変数が従うベルヌーイ分布を説明し,ベルヌーイ分布に従う独立なn個の確率変数の和として二項分布を導入しています。特に,独立な確率変数のたし算の説明は,他書に類を見ないくらい丁寧であり,式をつくる過程を2人の会話でわかりやすく解き明かしてくれます。他にも,この数式化に必要な概念として,事象の排反組合せが途中で解説されていて,この章を読むだけで二項分布がゼロから理解できるようになっています。

第3章 内定をもらう方法

就職活動に不安を抱える青葉に対して,花京院が「1社以上から内定が出る確率」を計算してみせます。1社から内定が出る確率を0.05とすると,50社を受けて1社以上から内定が出る確率は,

のように計算できるので,1社以上から内定が出る確率を90%以上にしたければ,45社以上は受けないといけないというわけです。つまり,訪問する会社の数が少なければ,内定がもらえないのもあたり前だということが,計算によって示されるので,就職活動中の学生にはぜひ知ってほしいところです。逆に言えば,1回あたりの成功確率が低い場合でも,トライの回数を増やせば「ほぼ成功」できるということでもありますね。

このように,1社から内定をもらえる確率をすべての会社について一定であると仮定すると,第2章の「恋人ができる確率」と同じように,「内定がもらえる確率」も二項分布として扱うことができます。さらに,同時確率分布を導入して期待値の和の公式を証明する過程を丁寧に説明した上で,二項分布の期待値を鮮やかに求めていきます。

次に,1社から好かれる確率が一定という仮定をはずして,確率モデルを一般化することを試みます。連続型確率変数の例としてベータ分布を導入し,さらに,二項分布とベータ分布の組合せとして,ベータ二項分布を解説しています。この部分には積分が登場するので,積分を知らない読者は読み飛ばしてください。この先の内容には影響しません。

第4章 先延ばしをしない方法

卒業論文に手をつけられていない青葉に対し,花京院がそのような先送りをしてしまうメカニズムを説明します。この章は行動経済学の内容で,「今日1時間使うより明日1時間使うほうが楽に感じる」という誰でも経験したことがあるであろう感覚の定式化に迫ります。章の導入部分では,心理学者ピアーズ・スティールによるモチベーションを要素分解する式を紹介しています。この式自体も興味深いので,参考文献にある原著にあたってみるのも楽しいです。この式に関連する話題として,「卒論の価値が1000万円くらいある」と花京院が説明してくれていて,「なるほど」と思うことでしょう。章の後半では,この式の一部分である「締め切りまでの時間がやる気とどう関わっているか」にフォーカスしていきます。1日1時間の作業を10日続けると終わる仕事を例として,先送りのメカニズムを指数型割引という形で定式化していきます。1日目をサボって9日で終わらせるには1日あたり1.11時間の作業が必要になります。サボる日数が増えるほど,1日あたりの作業時間を増やさないと締め切りに間に合わなくなるので,4日目までサボって,5日目から始めようという結論にたどり着くことが説明されます。そこからさらに踏み込んで,実際に5日目になったときに今日もサボってしまおうと考えてしまう傾向を定式化したものが準双曲型割引です。最後に,先延ばしを防止する方法を2人が話しあってしめくくります。

第5章 理想の部屋を探す方法

卒業を前にした青葉は,次に住む住居を探さなければならず,花京院に相談します。花京院は,理想の部屋を探す方法には,「秘書問題」や「結婚問題」や「グーゴル・ゲーム」という有名問題と同じ構造があると見抜き,それを解説していきます。「結婚問題」とは,次のルールでN人の人の中から理想の相手を選ぶにはどうしたらよいか,という問題です。

  • 人生でN人の異性と出会うとする
  • 1人ずつパスか結婚のどちらかを選ぶ
  • N人の優劣が決められる
  • パスした人は2度と選べない

計算の結果,ベストな1人と結婚できる確率を最大化する方法は,最初に出会う36.8%の人をパスして,残り63.2%の中で,36.8%までの暫定1位を超える人を選ぶことだという結論が鮮やかに導かれます。この確率の最大値の計算の中で,極限や積分,対数の微分を使いますので,高校の数学Ⅲまでの知識が必要です。

最後に,「勤務地から近いけど家賃が高い物件」と「勤務地から遠いけど家賃が安い物件」のどちらを選ぶべきか,という問題に関係するフライとスタッツアーの研究が紹介されていて,とても興味深いです。

第6章 アルバイトの配属方法

ゲーム理論に関わる経済学分野の章です。会社員になった青葉は,「会社が雇ったアルバイトを5つの店舗にどのように配属したらいいのか」という相談を花京院に持ちかけます。アルバイト側の希望店舗と店舗側のアルバイトに対する選好をできる限り反映するように配属先を決めたいという青葉の希望を聞いた花京院は,DAアルゴリズムを提案します。
DAアルゴリズムの仕組みをいろいろなパターンを例示しながら丁寧に説明した上で,マッチングの安定性の概念を導入し,DAアルゴリズムが安定的なマッチングを導くことを一般的に証明しています。このあたりは抽象度が高く,理解が難しい場合もあると思いますので,いったん飛ばして読むのもありだと思います。さらに,関連するテーマとしてパレート効率性について,はじめて学習する人でもわかりやすいように解説されています。

第7章 売り上げをのばす方法

本章のテーマはランダム化比較試験です。条件付き期待値による議論は,確率・統計分野のやや抽象度の高い内容ですが,後の章へのつながりはあまりないので,読みにくければいったん読み飛ばすことも可能です。青葉は,勤めている会社のオンライン直販サイトのデザインの変更にあたり,その前後で売上がどう変化するのかを検証する必要が生じ,花京院に相談します。花京院は,サイトにアクセスした人を,乱数を使って2つのグループに分け,同じ条件のもとで比較するための方法として,ランダム化比較試験が適切であることを説明します。条件付き確率や条件付き期待値,不偏推定量を使って,デザイン変更の前後の購入額の差の期待値を推定する統計量を導く過程は長く,辛抱強く論理展開を追う必要があります。実際に,花京院のアドバイスに沿って,旧サイトと新サイトの売り上げのデータを取った青葉に対し,花京院は「その売り上げの差は統計的に有意と言えるのか」という疑問を突きつけます。その結論は次の章に持ちこされますが,仮説検定の予備的な説明として,フィッシャーの紅茶の話題でしめくくられています。

第8章 その差は偶然でないと言えるのか?

仮説検定を大学で習ったものの,その理屈は理解できなかったという青葉に対し,花京院が簡単な具体例を用いて説明していきます。目標は,第7章のランダム化比較試験においてウェブサイトのデザイン変更によって売り上げが上がったのは偶然ではないことを確かめるためです。この中で,帰無仮説対立仮説棄却域検出力有意水準といった仮説検定でよく使われることばを丁寧に説明してくれています。そして,正規分布に従う2つの確率変数の差が正規分布に従うことや中心極限定理を利用することで,新サイトと旧サイトの売り上げの差を検定していきます。特に,検定のロジックに疑問を持つ青葉に対して,花京院が検出力を基準にサンプルサイズを決める方法を解説するところが見どころです。ただし,正規分布についての詳しい説明がないまま,話が進んでいく点には違和感があります。正規分布について知りたい人は,ぜひ統計検定2級講座第7回の記事をご覧ください。

第9章 ネットレビューは信頼できるのか?

ランダム化比較試験によって,上司の評価を得た青葉は,販売サイトのユーザーレビューのデータ分析を任されます。「n人による集合的な意思決定」であるレビューがどの程度信頼できるのかという問題を青葉に相談された花京院は,コンドルセの陪審定理と構造が似ていることに気づきます。本章は,陪審定理を定式化した後,チェビシェフの不等式を証明し,それを用いて大数の弱法則を証明し,最後に陪審定理を証明するという流れで進みます。証明が続くので,読者としては一気に通読するのは難しい場合もあるでしょう。ただ,式変形自体は丁寧なので,時間をかけてじっくりと理解していきたいところだと思います。

第10章 なぜ0円が好きなのか?

駅前の喫茶店で,800円のアラビアータを注文しようとしていた青葉に,花京院が500円の割引券を渡します。すると,青葉はアラビアータを注文することをやめて,500円(割引券を使えば無料になる)のナポリタンに注文を変えます。その注文の変更に花京院が疑問を持ち,その心理の数式化が始まります。本章では,割引額が同じ商品のうち,割引後の値段が0円になるほうを選好する「ゼロ価格効果」をテーマとして,行動経済学の観点から分析をしていきます。まず,効用関数の特徴を浮き彫りにするために,微分を定義から説明し,無理関数2階導関数を求めます。次に,価値関数を導入し,平均値の定理も駆使して,「ゼロ価格効果」の数理モデルを構築していきます。

第11章 取引相手の真意を知る方法

青葉の会社は,ウェブサイトの制作会社を入札で決めることになりました。入札側には,競争相手に勝つために,損を覚悟して本来必要な制作費よりも安い価格で入札するインセンティブが働きます。このことに疑問を持った青葉は,花京院に相談します。この原理を花京院はゲーム理論における支配戦略の概念を使って説明します。さらに,オークションの参加者が合理的に判断すれば,自分の評価額を正直に入札するような仕組みとして,第2価格封印入札が解説されます。これは,オークションにおいて,最も高い価格で入札した人が2番目に高い価格で購入するという仕組みで,この方法ならばなぜ入札者が正直な評価額で入札することになるのか,という説明がこの章の見せ場です。厳密に表現するために,文字が多用されており,場合分けも多いので,この説明はやや複雑です。鉛筆を持ってじっくり考える必要があるでしょう。最後に,ナッシュ均衡を定義して,この章をしめくくっています。

第12章 お金持ちになる方法

青葉は,「働かずにお金を稼ぐ方法」を思いついたと言って花京院に説明を始めます。それが倍賭法で,花京院は冷静にその落とし穴を青葉に説明します。その後,所得分布のグラフの形状に話題を移し,対数正規分布によって所得分布のグラフが近似できることを説明していきます。日本人の所得分布の形は,300〜400万円の人が最も多く,高収入のほうへ向かって長い裾野をつくった形をしています。このグラフの形は時代や国によっても変わりますが,本質的な構造は概ね共通しています。それは,お金持ちほど多くのお金を投資できて,さらに利益を上げるという累積効果によるものと考えることができます。このことから,対数正規分布を導いていきます。

まとめ

本書を手にとる人は,統計学や行動経済学をこれから学んでいこうと思っている場合が多いと思います。その場合,この本は全体的に決して易しい本ではないと思います。短時間で読み終えることを目標とはせずに,紙と鉛筆を用意して,じっくりと読み進めていくことをおすすめします。読み終えたときには,数理モデルによって現実の社会を分析するとはどういうことなのかがわかり,新しい世界が目の前に開けていることでしょう。

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