日本統計学会が認定する統計検定の中で最高レベルである1級は,学部範囲の統計学を理解し,論理的に説明できるかが問われる試験です。最近では,年に1000人くらいが受検して合格者は200人くらいという狭き門です。本稿では,私自身の合格体験を踏まえて,1級(統計数理)の出題の傾向と対策,オススメのテキストなどを紹介します。なお,1級の試験を構成する2種類の試験のうち,統計応用(人文科学)については別の記事(リンクはこちら)で紹介しています。
統計検定1級という難関資格の価値
本稿を読んでくださっている方々は大体ご存知だと思いますが,統計検定の準1級以下の試験はCBT試験であり,ほとんどの問題は多肢選択式です。したがって,正答がわからなかったとしても,適当に選択肢を選べば得点できることがあります。しかし,1級は記述式の試験(PBT)であり,正答もしくは正答へ至る解き方を自力で書かなければ一切得点になりません。また,準1級以下の試験は「知識(+計算)」で解ける問題が多いですが,1級の試験は「知識+思考+計算」の問題が主体です。だから,考える力が不十分だと1級の試験は受かりにくいのです。一方で,統計の知識はそれほど多くはないが,数学に強く考える力のある人なら,2級や準1級よりも1級(の特に統計数理)のほうが合格しやすいということもありえます。誤解を恐れずに大胆な言い方をすれば,準1級までは知識主体の勝負,1級(統計数理)は思考力主体の勝負なのです。もちろん,統計数理でも知識が増えると見た瞬間に答えがわかる問題も出てくるため,得点しやすくなることはあります。しかし,見たことのない問題も解かなければ合格点に到達しないため,はじめて見る問題の解き方をその場で考えなければならないというのが1級(統計数理)の難しさの根幹にあります。この特徴は(難易度は同じではありませんが)東大の学部の入試と似てますね。おまけに,試験は年に1回だけなので,プレッシャーがかかるという点でも大学入試と共通しています。だから,東大のように,何浪しても合格できない人が出てくるのは統計検定1級でも同じです。さらに,1級の試験時間がやるべきことの量に対してかなり短いことが追い打ちをかけます。「解けると思って途中まで解いたけど行き詰まった」みたいなアクシデントが発生しても,残された時間で得点を最大化するために戦略をアップデートしていく必要があります。短い試験時間の中でこういったことを適切に行えるかどうかは個人の能力に大きく依存するので,はっきり言ってしまうと,統計検定1級は,がんばれば誰でも受かる試験ではないんです。だって,東大生だったり,情報系の大学院生だったりしても,統計検定1級に落ちる人もいるくらいですからね。甘くないんです。
さて,このように統計検定1級は難しい試験ではありますが,だからこそ合格することに価値があります。メリットとしては,次のようなものが考えられるでしょう。
- 一部の大学院入試で有利になる
- 履歴書に書くことで,地頭の良さをアピールできる
- 統計学や機械学習の書籍や論文の理解できる範囲が広がる
「統計検定1級に合格しました」って言う人がいれば,「ああ,この人はそこそこ考える力があるんだな」と私なら思いますね。考える力がないと合格できないことを知っているので。だから,そのことをわかっている人や会社からは評価してもらえるでしょうし,今後さらに認知度が上がり,評価されやすくなるでしょう。私自身にとって,合格した最大のメリットは,「自分を追い込んで勉強したことで,かなり(統計学的な意味で)鍛えられた」ことです。合格後にどんな書籍を読んだかは,また別の記事で紹介しようと思いますが,1級の勉強のおかげでこれまで読めなかった書籍が読めるようになったという実感をもったのは私だけではないはずです。
さて,このような統計検定1級にはどのように対策していけばいいのかについて,次のセクションで説明していきます。
統計数理の出題傾向と対策
統計検定のホームページで公開されている統計数理の試験範囲は意外に広いのですが,ほとんど出題されていない分野がけっこうあります。過去問の出題内容は後のセクションで詳しく見ていきますが,広い試験範囲の中で圧倒的な頻度で出題されている分野があり,それは次の3つを組み合わせたものです。
- 確率分布
- 統計的推定
- 変数変換
つまり,変数変換によって新しい確率分布を求めたり,パラメータの推定量を構成したり,期待値を求めたりするものです。次の表のように,2017年以降はこのタイプの問題が毎年3大問以上出題されています。

統計数理は5大問から3大問を選択して解答するので,直近の7年間については,上記のタイプの問題の対策が十分であれば合格できるという状態が継続しています。さらに,この分野で理解しておくべき重要な概念を出題頻度順に並べると次の表のようになります。

Sランクは最重要語句ですが,1級の受検者であれば,ほぼ全員が理解していると思われます。Aランクは重要語句で,理解して試験に臨んでいる人が多いため,理解があやふやなものがここにある場合は要注意です。また,Bランクは差がつく語句の位置付けです。統計数理の対策として,まずはAランクの概念を関連する定理などを含めて数式を用いて説明できるようになることを目指し,その上でBランクの概念も攻略していきましょう。
また,確率分布の性質と変数変換に関しては,次の図に示したものはすべて自力で導出できるようにしておいてください。(スマホだと文字が小さくなるので,PCで見てください)

上記の内容が実行できれば,確率分布を絡めた最頻出分野の基礎は十分にできあがります。とは言え,この分野の勉強だけに注力し,5大問のうち3大問が確率分布絡みだったとしても,そのうちの1大問が何らかの理由で解きにくいと感じてしまう可能性は残ります。そのときに潰しが効かなくなることを避けるためには,確率分布絡み以外の分野も勉強しておくことが望ましいです。確率分布絡み以外で近年出題されているのは,仮説検定,回帰分析,分散分析,ベイズ法あたりなので,「確率分布,仮説検定,回帰分析は万全」みたいな状態を目指しましょう。
統計数理の学習に入る前の前提知識
1級の受検者ならば,高校数学はできるのが当たり前です。さらに言えば,大学受験の勉強の中で学ぶような数式の扱い方ができるかどうかで差がつく出題も見られるので,大学受験の勉強をしっかりやっていた人が有利です。社会人の方で,今から大学受験の勉強をしていくのはモチベーションが上がらないという場合には,高校数学のうち,データサイエンスに関連の深い分野を中心的に学習できるように構成されている次の書籍をオススメします。
手を動かしてまなぶ基礎数学(富川祥宗,裳華房)
例えば,統計数理の2022年問1では,不等式の等号の成立を確認するのが正しい解答の仕方ですが,このことがわからない人は論理の理解が不足しています。論理と集合は,統計学を含む数学を用いる全分野の基礎となるものなので,この書籍などを利用して確実に理解しておきましょう。
さて,1級では大学初年級の微分積分も使いこなせることが望ましいです。特に必要なのが,広義積分,ヤコビアン,テイラー展開,ガンマ関数などで,次の書籍はその気になれば数日で読み通せるのでオススメです。
手を動かしてまなぶ微分積分(藤岡敦,裳華房)
統計数理の2017年問3のように,テイラー展開したときにランダウの記号を用いて論述できると便利なことがあるので,この書籍などを利用して習熟度を高めておきましょう。
大学初年級の線形代数は,微分積分より重要度は低いものの,統計数理でも出題されることがあり,例えば,2021年の問5では特異値分解が出題されています。そこで,特異値分解まで含めてわかりやすく解説されている次の書籍をオススメします。
ストラング:教養の線形代数(G.ストラング,近代科学社)
MITでの線形代数の講義をYouTubeで公開し,人気を博している著者ですが,本書は,その講義の内容を文字に起こしたような内容になっています。列空間と行空間という和書ではあまり見かけない視点を軸に解説していくので,はじめて読むとハッとさせられることでしょう。線形代数のイメージが変わると思います。
統計学の知識に関しては,統計検定2級の内容が統計数理のベースになります。統計学を学んだことのない人や2級の試験を受けたけれど得点が8割に届かなかった人には,2級の基礎固めとして次の書籍がオススメです。
入門統計解析 第2版(倉田・星野,新世社)
本書は2級範囲の統計的推測をカバーしており,演習問題が充実しています。「なぜそうなるのか」を2級レベルで解説してくれているので,将来的に1級へ進む人の足固めとして適しています。通読するには,高校数学+αくらいの数学力が必要なので,1級を目指すなら本書を読むのが苦にならないくらいに数学力を高めてください。
統計数理の勉強にオススメのテキスト
さて,統計数理の学習の1冊目として,後で紹介する久保川先生の本が読めればそれでもいいのですが,その一歩手前くらいに相当するのが次の書籍です。
ガイダンス確率統計(石谷謙介,サイエンス社)
本書は2級範囲を少し深く掘ったような内容になっていて,もう少し深く掘ると統計数理の内容に行き着きます。一様分布の畳み込みの演習問題があったり,後半の章では平均二乗誤差や尤度比検定が扱われるなど,1級の内容がところどころに現れます。数学的な記述の仕方がそこそこ難しめなので,演習問題を解きながらこの本全体を読み通せるならば,統計数理に挑戦できるだけの数学力があると言えます。
次に,統計数理のメインとなるテキストを紹介します。かつては統計検定1級用のテキストとして「現代数理統計学の基礎(以下,白本と呼ぶ)」の名前が挙げられることが多かったのですが,白本は1級レベルを超える内容を含みます。例えば,確率分布の章では1級で出題されたことのない特性関数を前面に出した説明がなされていたりして,決して1級に最適化された書籍ではないことは明らかです。この白本の難しさに心を折られて1級をあきらめていた人を救うことになったのが,2023年に発売された同じ著者による次の書籍です。
データ解析のための数理統計入門(久保川達也,共立出版)
本書は,それまで1級に手が届かなかった層でも合格することを可能にしたという意味で,画期的な書籍です(以下,青本と呼ぶ)。実は,統計数理の2024年の問4[3]と同じ問題が本書の第4章の演習問題に収録されています。この問題は解いたことがあるかどうかで差がつくため,本書の演習問題を徹底的にくりかえした人に有利に働く出題となりました。本書の詳細は別の記事(リンクはこちら)に書いていますが,誤植が多く,細かい部分まで読み込むといろいろとツッコミ所があるものの,だからと言って読まないのはもったいないと思うのです。本書のおすすめポイントを挙げておくと,次のようになります。
・aX+bの積率母関数,独立性と積率母関数の関係など,積率母関数の重要な性質が書かれている
・順序統計量の同時確率密度関数の説明が直感的でわかりやすい
・回帰分析では,最小二乗推定量の幾何学的解釈やコクランの定理も載っている
・演習問題が質・量ともに充実している(解答・解説は著者のHP)
上の青本には載っていない完備統計量なども含む確率分布まわりの詳細なテキストとして,次の書籍もオススメです。
数理統計学(黒木学,共立出版)
本書は,確率,確率分布,統計的推定,仮説検定,ベイズ法を扱っており,1級で頻出の確率分布と統計的推定に特化して勉強したい人にうってつけです。丁寧な式変形と豊富な具体例でわかりやすく説明されており,次に挙げるように,初学者が陥りやすい罠を先回りするように解説されていて,細かい部分まで配慮が行き届いています。ただし,演習問題の解答・解説はついていません。
・すべての積率が存在しても積率母関数が存在するとは限らないことに触れている
・尤度方程式からは得られない最尤推定量が例示されている
・不偏推定量より平均2乗誤差が小さくなる推定量の例が載っている
・不偏でない推定量で,分散がクラメール・ラオの下限を下回る例を示している
・十分統計量を条件付き独立と関連付けて直感的に説明している
・ラオ・ブラックウェルの定理とレーマン・シェフェの定理の違いを説明している
青本には十分な数の演習問題がついていますが,もっと基礎から徹底的に演習したい人には次の書籍がオススメです。
入門・演習数理統計(野田・宮岡,共立出版)
本書は,確率,確率分布,推定,検定を扱う1級相当の演習書です。幅広い確率分布を扱い,期待値,確率密度関数,積率母関数の計算や変数変換などの基本的な演習がたくさんできるので,これをやりこむとかなりの力がつきます。苦手な単元を補強する目的で自分に必要な単元を読むのもいいですね。ただし,巻末には解説がなく,解答すらない問題もあります。ネット上で解答・解説を公開してくれている人がいるので,そちらを参考にするか,ChatGPTに聞いてください。
言うまでもありませんが,過去問による演習は必須です。
統計検定1級 公式問題集2019〜2022年(日本統計学会編,実務教育出版)
2015年以前は少しテイストが変わるので,1級受検者は少なくとも2016年までの過去問は解いておきましょう。
統計検定1級 公式問題集2016〜2018年(日本統計学会編,実務教育出版)
(なぜかリンクが機能しないため,リンクは貼りません。Amazonで探してください。)
最後に,私が試験当日に携行した次の書籍を紹介します。
増訂版 統計検定1級対応 統計学(日本統計学会編,東京図書)
1級の統計数理・統計応用の内容を概ねカバーしていて,特に統計数理に関しては,2023年の問1で出題された相対効率など,抜け漏れが発生しやすい内容も収録されていて,助かります。久保川本などで1級範囲を一通り勉強した後に読むべき書籍で,例えば,正規母集団を仮定したときの標本平均と不偏分散の確率分布と独立性などもさらっと証明されていますが,これを読んで納得できるくらいが1級に合格できる人のレベル感です。
直近7年の過去問の出題内容
統計数理の過去問を振り返ると,2015年は様々な分野からバランス良く出題されていましたが,2017年以降は確率分布絡みの出題が3大問以上を占めるように変化しています(2016年はその中間)。そこで,このセクションでは,現在まで続く出題傾向となった2017年以降の過去問を解いた上で,大問ごとの難易度やポイントを説明していきます。難易度は★の数によって4段階で評価しており,「★★」は1級として標準的な大問で,ここまで完答できるようにしておくことが望ましいです。「★」は標準より易しめ,「★★★」は標準より難しめ,「★★★★」は激ムズです。
2024年
〈問1〉定数項のない単回帰モデル(★★)
〈問2〉一様分布と順序統計量(★)
〈問3〉二項分布とMSE(★★)
〈問4〉非負値確率変数の分布関数と期待値(★)
〈問5〉順序統計量と十分統計量(★★★)
【総評】〈問1〉は[5]だけがやや難しいが,基礎ができている人なら[4]までは迷うことなく解けるだろう。[3]で突然求めさせられるフィッシャー情報量は[5]で最尤推定量の分散を計算するための布石になっていることに気づきたい。〈問2〉は見慣れない問題設定に戸惑い,最初の累積分布関数を求めるところでつまずく人が一定数いるかもしれない。ここでつまずかなければ,その後はよくある問題なので一気に完答まで突き進める。〈問3〉は前半は基礎的な問題だが,後半の計算量で多くの人が挫折すると思われ,「±」の符号も含めてさばき切るには落ち着きと基礎数学力が必要。〈問4〉は数理統計の基礎力があれば完答できる問題。ただし,経験分布関数を知らなければ入口の時点でつまずいてしまうので注意。〈問5〉は[4]でフィッシャー・ネイマンの分解定理をうまく使えるか,[5]でラオ・ブラックウェルの定理を想起できるかの2点が勝負所。[1]以外は計算量がさほどないので,考え方重視の問題。
2023年
〈問1〉ポアソン分布と推定量の性質(★)
〈問2〉確率分布と変数変換(★★)
〈問3〉指数分布とモーメント母関数(★★★)
〈問4〉線形回帰モデルと汎化誤差(★★★★)
〈問5〉有限母集団からの非復元抽出と仮説検定(★★★)
【総評】〈問1〉は[4]までは基本的,[5]のチェビシェフの不等式,[6]の漸近相対効率を覚えているかどうかで完答できるかどうかが決まる。〈問2〉では,グラフを描く[1]に意表を突かれた人がいるかもしれない。[2]は2変数の変数変換,[3]は1変数の変数変換の典型問題であり,練習量が物を言う。[4]は[3]ができていれば解ける。〈問3〉は[3]までは指示通りに計算するだけだが,[4]と[5]は考え方で差がつく問題。背景となっているエクスポネンシャル・ティルティングは知らなくても解ける。〈問4〉の[1]は基本問題で,[2]はコクランの定理だが,どこまで示すかによって解答の分量が大きく変わるので,手際よくまとめたい。[3]を見たときに,それが[4]のヒントになっていることに気づければ,後は行列と期待値のよくある演算に帰着できるが,線形代数に慣れていないと厳しいだろう。〈問5〉の[1]は結果自体は受検者のほとんどが知っているだろうが,有限修正の計算を手早く処理できる自信がないと手がつけられない。[2]から[4]は単純な計算の中に技巧的な変形も必要であり,易しくはない。[5]にいたっては問題の趣旨が理解できていないと,何を示せばよいのかがわからないだろう。
2022年
〈問1〉3つの事象が同時に起きる確率(★★)
〈問2〉2変数の同時累積分布関数(★★)
〈問3〉ガンマ・ポアソン分布の期待値と分散(★)
〈問4〉パレート分布と最尤推定量(★)
〈問5〉二元配置分散分析モデルと欠測(★★★★)
【総評】〈問1〉は高校数学の知識だけで答えられる確率の問題であり,意表を突かれた受検者が多かったのではないか。本来ならば,求めた確率の範囲の下限と上限について,等号が成立するような例を構成しないと論理的には正解ではないが,「求めよ」というタイプの出題なので,等号成立を確認しなくても減点されないだろう。〈問2〉は[4]まではたいした計算の必要もなく容易に答えられるが,[5]で急に計算が重くなる。v≧0,v<0で場合を分けて重積分をして3つの特性値を求めるので,最後まで気持ちを切らさずに丁寧にやりぬけることが大事。〈問3〉と〈問4〉はいずれも基本的で,誘導に乗っていくことで解きやすくなる小問構成になっている。ただし,〈問3〉の[3]から[4]への流れはミスリードになる可能性もありそうなので注意したい。〈問5〉の[1]と[3]は即答でき,[2]は連立方程式を解くだけなので,易しい。[4]と[5]では欠測が生じたときの2つの検定方式を比較し,それらが同等であるかどうかを説明するもの。どちらも結論自体はすぐにわかるが,数式を用いた説明をするのはハードルが高い。
2021年
〈問1〉指数分布と一様分布の変数変換(★)
〈問2〉超幾何分布とベイズ法(★)
〈問3〉ポアソン分布のパラメータ推定(★★)
〈問4〉平均まわりの3次モーメントの推定(★★★)
〈問5〉多変量正規確率ベクトルの線形変換(★★★)
【総評】〈問1〉は[2]までは即答できる。[3]の畳み込みの計算は場合分けがあるものの基本的であり,グラフを描く際には1階,2階の導関数の符号に気をつけたい。また,[4]で求める関数が累積分布関数であることは知識があればすぐにわかる。〈問2〉は全体的には易しいが,[1]ではxの範囲を書き忘れないようにすること,[2]では不等式を解く際の不等号の向きに注意が必要である。[4]も[2]と同じことをくり返すだけで方針に迷う余地はなく,出題者が敷いたレールに沿って解いていけば完答できる。〈問3〉は[2]までは1級の受検者ならば一度は解いたことがあるであろう基本問題だが,問題数が多いので時間をかけずに処理したい。[3]は2次不等式を解くだけだが,根号の中に文字が残るので答えに自信が持てないかもしれない。[4]は「パラメータの信頼区間の特徴」として何を書くべきなのか迷いそう。〈問4〉は[3]までは易しめの期待値,分散の計算。[4]は問題文に[3]の結果を利用するように書かれているので,Yについての式におきかえることはわかるだろうが,Yの平均の3乗を展開するときなどに間違いが生じやすい。[5]にはヒントがないが,[4]までの流れを踏襲すればいいと自分で判断できるかが勝負所。〈問5〉は[3]までは基本問題であり,[4]の準備になっている。[4]は「行列の存在条件を論じる」ものであり,open-endedであることから解答を避けたくなるが,結局のところ,条件を満たすAを1つ具体的に構成すればいいだけなので,見た目ほどには難しくない。
2019年
〈問1〉二項分布と確率母関数(★)
〈問2〉指数分布のパラメータ推定と損失関数(★)
〈問3〉一様分布と最大統計量(★★)
〈問4〉コーシー分布と尤度比検定(★★)
〈問5〉ラプラス分布とベイズ推定(★★★)
【総評】〈問1〉は[2]まではよくある問題で,[3]で証明した不等式を利用して,[4]で微分によって最小値を計算する。後半2問が勝負だが,大学受験数学の勉強をしっかりやっていた人にとっては難しくはない。〈問2〉の[1]は即答,[2]は畳み込みの計算,[3]は定義通りに積分するだけである。[4]は式の形を見れば,ここまでに求めた結果を利用するのだとわかる。代入して整理すると,いかにも相加相乗平均を使いたくなる形の式になるので,本問も高校数学が得意な人が有利。〈問3〉は[1]で十分統計量であることを示すには指示関数を使えなければならないので,ここで脱落する人が出るだろう。[2]〜[4]は標準的なものだが,完備性に関する[5]と[6]の証明は慣れていないと何をすべきかわからないだろう。〈問4〉の[1]と[2]は積分するだけであり,[3]は分数関数のグラフの概形に関するもので,定義さえわかっていれば微分積分の問題である。[4]はネイマン・ピアソンの基本定理を知っていれば即答できる。〈問5〉の[1]ではラプラス分布の分散を計算するが,絶対値の処理や変数変換で間違いやすい。[2]は単純だが,[3]は場合分けが必要であり,試験中に落ち着いて処理するのは簡単ではない。
2018年
〈問1〉不偏分散の正の平方根のバイアス(★★)
〈問2〉非復元抽出と超幾何分布(★★)
〈問3〉二項分布と条件付き分布(★★)
〈問4〉2変量正規分布とマルコフ性(★★★)
〈問5〉一様分布と順序統計量(★)
【総評】〈問1〉は[2]まではよくある問題で,[3]は定義に沿った積分計算をするだけなので,確実に得点したい。[4]では,gを関数としてE[g(X)]をテーラー展開を利用して近似計算することに慣れているかどうかで差がつく。〈問2〉は[2]までは,確率,期待値,分散,共分散を求めるものだが,i=1,j=2と考えて計算すればよい。[3]は超幾何分布の確率関数,[4]はその期待値,分散の導出であり,[2]までの結果を使って手早く処理したい。[5]では[4]の結果を使うことは明らかだが,1/Xの分散をテーラー展開によって近似計算する必要があり,出来が分かれやすい。〈問3〉は[2]までは即答でき,[3]は定義通りに計算するだけで,[4]は[3]の結果を使うだけで易しい。[5]では「最尤推定値の計算法を示す」ことが求められているが,標本平均を用いて表し,モーメント法による推定値と一致することがわかるところまで式変形すればよいことを問題文から読み取る。〈問4〉の[1]と[2]は定義から直接に積分計算すればいい。やや複雑な計算になるが,結果がわかっているので計算ミスにも気づきやすい。[3]は数学的帰納法で示せばいいことはすぐにわかるので,あとは期待値のくり返しの法則と条件付き分散の公式を駆使すればよい。〈問5〉の[1]と[2]は,順序統計量の確率密度関数をそれぞれ求めた上で,期待値,確率を計算するものであり,1級受検者ならば確実に得点したい。[3]は最大統計量と最小統計量の同時確率密度関数を求めるところが勝負所だが,しっかりと準備していれば難しくはない。
2017年
〈問1〉不偏分散,尖度,歪度(★★)
〈問2〉一様分布のパラメータの推定(★★)
〈問3〉ポアソン分布とモーメント母関数(★★)
〈問4〉標準正規分布と条件付き分布(★★)
〈問5〉カイ2乗分布と変数変換(★★★)
【総評】〈問1〉の[1]と[5]はよく知られた事実を示すものであり,易しい。[4]は[2]と[3]の結果からすぐに解答できるので,本問の完答は[2]と[3]を正確に処理できるかどうかにかかっている。いずれも,期待値や分散の基本的な処理方法がわかっていれば,多項式の3乗や4乗の展開という高校数学の能力の勝負になる。〈問2〉の[1]はθの最尤推定量が最大統計量で与えられることを示すもので,同じ問に出会った経験があるかどうかによって結果が分かれるだろう。[1]さえできれば,[2]〜[4]は期待値と分散を計算していくだけであり,方針に迷う余地はない。〈問3〉の[1]は二項分布の極限としてポアソン分布を導くもので,1級受検者ならば一度はやっておきたい計算である。[2]でモーメント母関数を求められれば,それを利用して[4]まで解くことができる。〈問4〉の[1]〜[3]は,期待値,分散の公式や正規分布の再生性を使うだけで易しい。[4]は条件付き分布の定義通りに計算するだけであり,平方完成を間違いなくやり切れるだけの計算力は磨いておきたい。〈問5〉の[1]は,標準正規分布にしたがう確率変数の2乗の確率密度関数を導出するもので,1級受検者ならば経験したことがあるであろう。[2]はヤコビアンを使って手順通りに変数変換を行うだけだが,[3]はやや複雑な変数変換を行う必要がある。与えられた式を見て,[2]との関連性に気づくことが第一歩で,ヒントにそって2回の変数変換を行うのがスマートな方法だが,それが思いつかないときに強引に結論を導ける腕力もあると助けになる。
最後に,これらの過去問からわかる大事なことを1つ指摘しておくと,全く同じ大問が出題されることはないものの,小問レベルでは同一の出題が見られます。例えば,2024年の〈問1〉の[4]は2016年の〈問3〉でも問われている内容であり,2024年の〈問2〉の[4]は2017年の〈問2〉の[1]と本質的に同じ問いです。過去問と同一の出題はそれほど頻繁ではないため,そのような出題を期待して試験に臨むことはおすすめしませんが,過去問をやり込んでおくと,棚からぼた餅のようなことが起きることもあるということは知っておいて損はないでしょう。
合格へ向けてのアドバイス
最後に,統計検定1級合格者の立場から,これから受検する方へ5つのアドバイスをお送りします。
- 浅く広い勉強ではなく,狭くてもいいから深く学べ
- 覚えようとはせず,自然に覚えるまで同じ導出を何回でもくりかえせ
- 問題演習に重点をおき,自分の頭に負荷をかけつづけよ
- 今後の人生に活かせる学びを得るため,統計数理だけで半年〜1年をかけて勉強せよ
- 試験中は最後の1秒まであきらめずに書きつづけよ
多くの資格試験は知識を問う問題が中心なので,試験に向けてしっかり勉強すれば合格点をとることができます。しかし,統計検定1級はそうではなく,はじめて見る問題を時間内に解く「頭の瞬発力」が必要です。だから,努力したからといって,必ずしも結果がともなうとは限りません。しかし,1級の勉強はそれ自体に価値があります。仮に合格という結果を得られなかったとしても,必死に勉強したのなら,「今までより統計学や機械学習の専門書が読めるようになった」みたいな努力の成果が現れるはずです。だから,1級の勉強は合格するためだけではなく,その後の人生を何らかの意味で豊かにするために学ぶという姿勢で取り組んでもらうことをオススメします。
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